黄埔古港に行ってきた(下)

2018年4月22日

昨年の12月パソコンが壊れる前に書いた「黄埔古港に行ってきた(上)」「食は広州にあり(姜撞奶編)」。その後半年過ぎてしまったがやはり中途半端にするのもなんなので完結させることにする。
180422
清の時代(17世紀後半)、中国で唯一外国との貿易が認められていた港であった「黄埔古港」。今ではこじんまりとした観光地になっている。「黄埔古港遺跡」と「黄埔村早期建築」が広州市文物保護の対象となっていると書かれている。

港と言っても海に面しているわけではなく珠江沿いにあった港である。

月曜で休館だった博物館を見学できなかった私達はいかにも古そうな裏路地を見つけた。

うーん、こういう昔ながらの田舎の風景がまだ広州にも残っているとは。K君と感動しながら更に歩を進めた。

!!!!っとここで突然現れたバナナの木の林。ま、まるで東南アジアにいるようだ。

まだ青いが手を伸ばせばすぐにもげそうな位置にバナナが実っている。

バナナの林を抜けるとやはりそこにもこじんまりとした農村が広がっていた。

広州市内にもこのような農村があることを初めて知った。

しばらくシェア自転車Mobikeに乗り辺りを散策した私達は「新洲码头」という港に行き着いた。

向こう岸まで大型の船がでており2元で渡れるらしいが、次の便は45分後。待ち時間の長さに途方に暮れていた私達にプライベートの小型船で移動を勧めるおばちゃんが現れた。しばらくシカトしていたが一人10元(現レート:約170元)の料金を聞き、あまりの安さにやはり小舟をチャーターすることにした。

波しぶきを上げ進む小型船。かなり揺れるがディズニーのアトラクションのようで面白かった。

船首に立ち写真を撮るK君。大連留学時代は学生だった彼も今では社会の荒波に揉まれ、「ゴルフの接待がダルいっ!」と嘆いていた(笑)。留学時代にブログがきっかけで出会って3年、当時はどこか幼かった彼も立派な大人になっていた。

船は「黄埔軍港遗址码头(港)」に到着。

私達を送り届けたおばちゃんは颯爽と船をUターンさせ「新洲码头」へと戻っていった。
おばちゃん…カッコいいぜ!

2人の小旅行はこの後も続いたが黄埔古港シリーズは一旦ここで終わります。

K君次の来訪を待ってるよ!

人気記事

Copyright© CHINA-LIFE , 2022 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.